カンボジア留学中です。
喜怒哀楽の激しい自分ですが、カンボジアで
体験したことを素直に書こうと思います。
Don't stop, just go forward little by little

2008年3月10日月曜日

父親の顔

友人のカンボジア人男性Aに子供が生まれた。
来日していた奥さんは出産のため一足先にカンボジアに戻っていた。
彼もまた立ち会いのために出産の予定日の1週間前に帰国した。

赤ちゃんは無事に生まれ、向こうでしばらく育てられるようだ。
帰国した友人の携帯の待ち受け画像には赤ちゃんの寝顔が写っている。
写真を見ると、とっても可愛い女の子である。

友人はそれまであまり感情を表にださないような人だった。
だが、今は向こうに残してきた自分の赤ちゃんのことを思うと、気持ちが落ち着かないようだ。
携帯をながめては切ない顔をしている。
だが、家族が一人増え、自分がそれを養っていかなくてはならないとの責任感が彼の顔つきをしっかりしたものに変えていた。

そんな彼の様子を見てわたしはこういった。
「ーーーさん、父親の顔になりましたね。」(日本語で)
彼
「え、なんですか?」(日本語)
わたし
「だから、モク・アウプックになったってことですよ。」(一応全部クメール語で)
彼
「え?」(日本語)

この会話をしていたとき、周りにはあともう2人カンボジア人の友人(B,C)がいた。
そのうちの1人である女性Bが友人Aに対し、クメール語で
「今、なんていったの、彼女は?」
と聞いた。
在日歴の長いAは、日本人のわたしが言おうとしたことを察知したようで、まだ日本に来てから日の浅いBに対し、的確に説明をした。
そこでわたしはやっと気づいたのである。
ああ、日本語をそのままクメール語に訳しても通じないということを。

日本では、子供が生まれて、自分がもう子供ではなく人の親であるという意識が芽生えたようにみえる(ここではあくまで客観的)人に対し、
それぞれ
「(母親、ママ、お母さん)の顔になりましたね」
あるいは
「(父親、パパ、お父さん)の顔になりましたね」、と言うことがあります。
もちろん全ての人が使う訳ではないのですが、しばしば使われる言葉です。
(少なくともわたしにとっては使いなれた言葉です)
クメール語でこういう場合はなんと言えばよいのでしょう。
そのときは聞き忘れてしまいました。

2 件のコメント:

hp さんのコメント...

なんというですかねぇ~~~
そのまま「父親になったね」とか?ក្លាយជាឱពុកគេហើយហ្ន!(カンボジア語が正しく表示されない場合http://www.khmeros.info/drupal/からkhmer unicodeをダウンロードしてインストールしてください)。

言語って難しいですね。直訳は絶対に通じないです。言葉ってただのコミュニケーション手段のように見えますが、実はその中にはその国民の生き方や考え方が秘められると思います。ですから、日本の言い方をカンボジア語に訳せないものがあるのです。なぜなら、カンボジア人にはそういう考え方がないからその表現がないわけですね。(あくまで私見です)

そぴあ សូភាព さんのコメント...

Hpさん

残念なことに読めないようです。
ダウンロードしてみますね。
「言葉ってただのコミュニケーション手段のように見えますが、実はその中にはその国民の生き方や考え方が秘められると思います」
これにはすごく同意します。
特に、ことわざというか、今回のような、言葉の独特な言い回しなど、訳すのは難しいですね。
直訳が通用しないのは、本当に強く感じました。
でも、面白かったですね。