カンボジアの将来の「発展」を予測する情報をちらほらと聞くようになった。
日系企業も動きだしていると聞く。
プノンペンの経済特区開発。
アパレル企業の工場進出。
銀行のプノンペン支店進出。
パチンコ屋の新規事業などなど。
今後日本人がカンボジア語を勉強する新たな理由が生まれるだろう。
カンボジアの最新はめまぐるしく切り替わっているようだ。
わたしはこういった情報に疎いのだけれど、それでも聞こえてくる。
いいのか、悪いのか。
昔見たバンコクのビルと雑踏はわたしを不安にさせた。
カンボジアの風景と空気にどこか安らぎを覚えているのは日本人としてのエゴだろうか。
もちろんその後カンボジアのいいところもいやなところもわたしの心の中で次第にまざりあっていった。
たまに会う友人たちの顔つきが変わっていないかどうか不安になる。
たまに電話をするとその話に不安になる、
勝者の顔つきになっていてもいやだろう。
それでいてうつむいていたとしても嫌なのだ。
わがままである。
けれども。
状況がめまぐるしく変わる中で、変わらない何かをわたしはさがしている。
1 年前

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