ខ្ញំុមានមិត្តស្រីខ្មែរដៃលយលនិយាយខ្នាដោយយើងចូលចិត្តនិយាយ។
(គាត់ត្រលុបទៅស្រកខ្មែរហើយ។)
គាត់រាបការហើយមានកូនតូចមួយ។
ពេលមិនខ្ញំុសួរគាត់តើពេលសំរេចចិត្តរាបការបងស្រីអោយគ្រូទាយមើលនិស្សិយរបស់ប្តីប្រពន្ធទេ។
គាត់ថា”
ចាស តែផលទាយយើនមិនសិលល្អទេ។
ហែ តែបងស្រីរាបការហើយណា!
ខ្ញំុមិនគិតអាក្រុកទេ។(気にしなかった)
ខ្ញំុសំរេចចិត្តរៀបការជាមួយសន្សារនោះហើយ។
រាបការបាន៨ឆ្នំហើយ។
អីឡើវខ្ញំុសុភមងគល់ណាស់។
ខ្ញំុភ្ញាក់ហើយពីព្រោះតាមសៀវភៅសរសេរអំពីស្រុកខ្មែរនិងជប៉ុនថាជនជាតិខ្មែរត្រូវទៅសួរគ្រូទាយពេលរាបការ។បើផលនទាយោះអត់ល្អទេគេអត់រៀបការបានទេ។
ស្នែហ័ឈ្នេះប្រពែណី។
មិត្តខ្ញុំឃើញសុភមងគល់និងសុខភាពលអ។
ខ្ញំុរៀនចរើនពីគាត់កន្លះឆ្នំហើយ។
年上のカンボジア人の女性の友人がいます。
もう帰国してしまいましたが、ある時恋愛と結婚についておしゃべりをしました。
やはりこのことについては万国共通、人間興味がいっしょです。。
とっても話がはずみました。
わたしは結婚して子供もいる彼女に聞きました。
「だんなさんとは恋愛で結婚したのですか?それとも親の紹介?」
「職場でであって恋愛で結婚したわ。5ヶ月つきあって決めたの。」
そんなに日本と変わらないな。
5ヶ月はちょっと早い気もするけれど。
わたしはそんなこと考えながら、ずっとカンボジアの女性に聞いてみたかったことを聞いてみました。
「結婚前の占いはしたの?結果はどうだったの?」
日本語で書かれたカンボジアの文化を紹介する本には大概、「結婚を決める際、カンボジア人の男女は占いにいく。相性が悪いと言われれば結婚はしない。」と書かれていました。
わたしはカンボジアの人が占いの結果に従っているのか聞いてみたかったのです。
彼女は答えました。
「占いにいったわよ。」
「で、結果はどうだった〜?」
「とっても悪かったわよ。でも好きだったから気にしないで結婚しました。」
彼女は笑って答えてくれました。
わたしはちょっと拍子抜け。
「え〜、そうなの。大丈夫だった?」
「平気よ、わたしもう結婚してから8年たってるわよ。仲いいわ。」
そんな風に答えた彼女はとっても幸せそうでした。
愛が伝統に勝ちました。
そして悪い占いの結果を気にしないくらい、気の合う相手に出会えた彼女がうらやましく思えました。(:})
រាបការបាន៨ឆ្នំហើយ។
អីឡើវខ្ញំុសុភមងគល់ណាស់។
ខ្ញំុភ្ញាក់ហើយពីព្រោះតាមសៀវភៅសរសេរអំពីស្រុកខ្មែរនិងជប៉ុនថាជនជាតិខ្មែរត្រូវទៅសួរគ្រូទាយពេលរាបការ។បើផលនទាយោះអត់ល្អទេគេអត់រៀបការបានទេ។
ស្នែហ័ឈ្នេះប្រពែណី។
មិត្តខ្ញុំឃើញសុភមងគល់និងសុខភាពលអ។
ខ្ញំុរៀនចរើនពីគាត់កន្លះឆ្នំហើយ។
年上のカンボジア人の女性の友人がいます。
もう帰国してしまいましたが、ある時恋愛と結婚についておしゃべりをしました。
やはりこのことについては万国共通、人間興味がいっしょです。。
とっても話がはずみました。
わたしは結婚して子供もいる彼女に聞きました。
「だんなさんとは恋愛で結婚したのですか?それとも親の紹介?」
「職場でであって恋愛で結婚したわ。5ヶ月つきあって決めたの。」
そんなに日本と変わらないな。
5ヶ月はちょっと早い気もするけれど。
わたしはそんなこと考えながら、ずっとカンボジアの女性に聞いてみたかったことを聞いてみました。
「結婚前の占いはしたの?結果はどうだったの?」
日本語で書かれたカンボジアの文化を紹介する本には大概、「結婚を決める際、カンボジア人の男女は占いにいく。相性が悪いと言われれば結婚はしない。」と書かれていました。
わたしはカンボジアの人が占いの結果に従っているのか聞いてみたかったのです。
彼女は答えました。
「占いにいったわよ。」
「で、結果はどうだった〜?」
「とっても悪かったわよ。でも好きだったから気にしないで結婚しました。」
彼女は笑って答えてくれました。
わたしはちょっと拍子抜け。
「え〜、そうなの。大丈夫だった?」
「平気よ、わたしもう結婚してから8年たってるわよ。仲いいわ。」
そんな風に答えた彼女はとっても幸せそうでした。
愛が伝統に勝ちました。
そして悪い占いの結果を気にしないくらい、気の合う相手に出会えた彼女がうらやましく思えました。(:})

8 件のコメント:
そぴあさんは占いを信じますか?僕はあまり信じないほうです。
親戚がお見合いしていましたが、占いの結果で結婚がなくなった話を聞きました。あんなことに信じてどうするのと思いました。
でもね、親が気に入らない場合占い結果を言い訳にして結婚させないこともしばしばですよ。うちの親はいつもこういっています。「ポルポート時代では、占いどころかちゃんとした結婚式もなかったのにちゃんと子供もたくさん育て、今も愛し合っている人が多い。だから、占いなんか信じまい。」って。まさにその通りだと思いました。
まぁ、占いって自分を見失うときに元気付けぐらいで使うべきだと思います。それに自分の運命を任せるなんてちょっとどうかなと思いますよね。
hpさん、コメントどうもありがとうございます。
おもしろい(興味をそそられる)情報をありがとうございます。
つきあう(知り合う期間)が少ないからこそ、占いをして2人の行く末を運命にまかせてしまうのかな、と思いました。
でもお見合いだったらしようがないのかな。
個人的にはあまり納得できないです。
占いでgoサインがでた結婚がうまくいかなくても、占い師は責任をとってくれない。
逆に日記に書いたように、だめと言われた縁が結果としてうまくいくかもしれない。
だったらお互いよく相手を見て結婚すべきなのかなあと思います。
でも、ふだんは気にしないけれど、不安になるとなんとなく見ちゃいますね、占い。
ただわたしと同じ生年月日で生まれている人って日本にも世界にも無数にいるわけです。
全員がわたしと同じ人生を歩むと到底思えません。
だから占いってやっぱり非科学的かも、と思います。
いいことだけを信じます。
元気づけ、いいですね。
hpさんのご両親はしっかりとした考え方をお持ちなんですね。
きっと神様、仏様、占い様は心のなかにいるのでしょう。
私は昔々よく当るというミャンマーの占師に「外国人と結婚しない」と言われていました。彼に話したところ、なんでそんな話をするんだと言われたことはありますが今はすっかり忘れたようです。私も彼も父親をなくした(うちは生きてますが)間接的な理由が占師なので、伝統として占ってもらうことはあっても左右されることはないだろうと思います。
limeiさん
コメントありがとうございます。
占いは当たらなかったわけですね。
わたしの友人に占いをする人がいて、見てもらったことがありましたが、結局あたっているのかどうかはなんだかわかりませんでしたね。
あんまり先のことも見られないようですし。
hpさん、limeiさんのコメントを通して、左右されない人こそが占いを見る資格があるのかなと思いました。
その結果をきっと自分のものにできますね。
たとえ、占いの結果が表面的によかろうと、悪かろうと運命はそんなにたやすく言えるものではないはず。
僕のパソコンではクメール語の文字がきれいになっていなくて読みにくいです :( が、なんとか理解はできます。(つづりが違うのはありますね、発音はそうであっても文字としては違うとか)
例えばសុភមងគល់ → សុភមង្គល
【パソコンのせい(?)】
占いについて、なぜか結構信じますね。結婚について占いに信じるだけではあまりよくないと思いますが...
よみづらくてすみません(;;)
そしてよみづらいのに読んでいただきありがとうございます。
:D
Macで書いているため、脚や母音がくみ合わさっていないなど、さまざまな不具合があります。
時間あるときに、調べているのですが、うまくいきません。。。
ただ書き方がちがうのは、パソコンのせいじゃなく、わたしのミスによるものかと思います。
これは直さなきゃ。
占い、わたしも見ますが、よい結果の占いよりも悪い結果のほうが気になってしまったりしませんか。
これは、自分の心の中になにか、他に気にしていることがあるからなのかなあと思います。
むやみやたらに占いを信じるのは断固反対ですが、うまく使いこなせるなら、ありかな。と思いますね。
ただし、結婚は自分で決めるのが一番ですよね!
こんばんわ。
ブログ、少し拝見させてもらいました。
クメール語の表示はちょっとおかしいけど…なんとなく理解できました。
いろいろ面白いことを書いてますね^^
また、ゆっくり読みまーす!
こんばんはー。
来ていただきありがとうございます。
読みにくくてすみません。::
今、なんとかならないかと解決方法を探し中です。
そのうち、きれいにしますね。
また遊びにきてくださーい(:3)
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