ថ្ងៃីទី៩ខែវិច្ឆិកា
រាល់អាទិត្យខ្ញុុំទៅហែលទឺកនៅមជ្ឈមណឌលជិតផ្ទ៉់ុុះ។
សប្បាយមែនទែនដល់ចិត្តនិងខ្លូូង។
ទុកជាយើងចាស់ធ្វើកីឡារហូតបាន។
ដោយពិតឃើញចា់សច្រើនជាងក្មេងនៅទីនោះ។
តែេះមិនសំខាន់ដ់លខ្ញុុំទេ។
ខ្លូូងខ្ញុំចង់បបានទឹកបើគិតច្រើនពេក។
毎週家の近くのスイミングスクールに通っています。
体にも心にも大変心地よい習慣だと思います。
最近気づいたのですが、水泳は実に年齢層が幅広いスポーツです。
ふと施設内を見てみたら、若いひともいますが、おじさん、おばさん、そしておじいさん(おばあさんはなぜかほとんど見ない)がずっと多いのです。
例え、年をとっても続けられるスポーツなんですね。
でも、それはわたしにとって特に重要ではありません。
考えが煮詰まると、体が泳ぐことを欲します。
泳いで時は、なんにも考える余裕なんてないですからね。
1 年前

4 件のコメント:
お久しぶりです。
クメール語前より達者になりましたね。
すごい前進ぶりにびっくり!です。
きょむが
一心同体にならないのはなぜでしょう.
おひさしぶりです!
プー。
やった。
ほめられちゃった!!!
いやいやそんなに変わってないはずです。
ただ単語のスペルと簡単な文法についてはなるべく間違えないように注意しました。
きょむが一同体にならない???
きょむはこころが空っぽという意味で使ってますか?
プーが虚無を感じているのでしょうか。
それともクニョム??
スペルの順番おかしいですか?_
どっちー??
後者でーす。
ぼくの環境だと、
「わたし」の一番下の足は違う位置にありますね。
他はほとんど文字化けしていないので、ちょっと不思議。
もかして、前者と思った?
ごめんなさい;;
今日の投稿はいかがでしょうか??
少し哲学的な問いだったので、勘ぐってしまいました。
いえいえ。
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