カンボジア留学中です。
喜怒哀楽の激しい自分ですが、カンボジアで
体験したことを素直に書こうと思います。
Don't stop, just go forward little by little

2008年5月26日月曜日

メコン川音楽祭



http://mekong2008.iinaa.net/index.html

I like Meas Sok Sorpea's voice.
I think she is a female singer who has good talent really.

These days, i have something to do.
However, she comes to Japan, now.
If she doesn't come to Japan, I don't go to the concert like this.
However she is in Tokyo now.

If i go to, surely i will hear her good voice.
Maybe, this is chance.
I wonder i should go tomorrow night.
For me, Shibuya is better than Yokohama, because tomorrow afternoon I will be in Kasumigaseki.

2008年5月24日土曜日

Khmer unicode with Mac (:D) 




うれしいお知らせ(わたしにとっての)
むなしく長い時間を経てようやくMacでKhmer unicodeが使えるようになりました。
Nida Khmerが来ました!
(poophnomのKhmer Virtual Unicodeを使わなくても入力ができます。今まではそれすらできませんでした。)

かなしいお知らせ
しかし、いまだに脚と母音が組合わさりません。
・・・・・。
だめではないか。

しかしここは一つ進歩したと考えます。(><)
今後どうしましょう。

2008年5月16日金曜日

占いと結婚 ទាយនិងរៀបការ

ខ្ញំុមានមិត្តស្រីខ្មែរដៃលយលនិយាយខ្នាដោយយើងចូលចិត្តនិយាយ។
(គាត់ត្រលុបទៅស្រកខ្មែរហើយ។)
គាត់រាបការហើយមានកូនតូចមួយ។
ពេលមិនខ្ញំុសួរគាត់តើពេលសំរេចចិត្តរាបការបងស្រីអោយគ្រូទាយមើលនិស្សិយរបស់ប្តីប្រពន្ធទេ។
គាត់ថា”

  ចាស តែផលទាយយើនមិនសិលល្អទេ។

  ហែ តែបងស្រីរាបការហើយណា!

  ខ្ញំុមិនគិតអាក្រុកទេ។(気にしなかった)  
  ខ្ញំុសំរេចចិត្តរៀបការជាមួយសន្សារនោះហើយ។
  រាបការបាន៨ឆ្នំហើយ។
  អីឡើវខ្ញំុសុភមងគល់ណាស់។

ខ្ញំុភ្ញាក់ហើយពីព្រោះតាមសៀវភៅសរសេរអំពីស្រុកខ្មែរនិងជប៉ុនថាជនជាតិខ្មែរត្រូវទៅសួរគ្រូទាយពេលរាបការ។បើផលនទាយោះអត់ល្អទេគេអត់រៀបការបានទេ។

ស្នែហ័ឈ្នេះប្រពែណី។
មិត្តខ្ញុំឃើញសុភមងគល់និងសុខភាពលអ។
ខ្ញំុរៀនចរើនពីគាត់កន្លះឆ្នំហើយ។


年上のカンボジア人の女性の友人がいます。
もう帰国してしまいましたが、ある時恋愛と結婚についておしゃべりをしました。
やはりこのことについては万国共通、人間興味がいっしょです。。
とっても話がはずみました。
わたしは結婚して子供もいる彼女に聞きました。
「だんなさんとは恋愛で結婚したのですか?それとも親の紹介?」
「職場でであって恋愛で結婚したわ。5ヶ月つきあって決めたの。」
そんなに日本と変わらないな。
5ヶ月はちょっと早い気もするけれど。
わたしはそんなこと考えながら、ずっとカンボジアの女性に聞いてみたかったことを聞いてみました。
「結婚前の占いはしたの?結果はどうだったの?」

日本語で書かれたカンボジアの文化を紹介する本には大概、「結婚を決める際、カンボジア人の男女は占いにいく。相性が悪いと言われれば結婚はしない。」と書かれていました。
わたしはカンボジアの人が占いの結果に従っているのか聞いてみたかったのです。

彼女は答えました。
「占いにいったわよ。」
「で、結果はどうだった〜?」
「とっても悪かったわよ。でも好きだったから気にしないで結婚しました。」
彼女は笑って答えてくれました。
わたしはちょっと拍子抜け。
「え〜、そうなの。大丈夫だった?」
「平気よ、わたしもう結婚してから8年たってるわよ。仲いいわ。」

そんな風に答えた彼女はとっても幸せそうでした。
愛が伝統に勝ちました。
そして悪い占いの結果を気にしないくらい、気の合う相手に出会えた彼女がうらやましく思えました。(:})

2008年5月13日火曜日

お茶をください មីង សំុតែ។

ある日シェムリアップの町中で、ドライバーのおじさんとわたしはヌンパンパテーを食べていました。

固めのフランスパン、味がこいめのヌンパンの具、さらにつけあわせのなますで、どんどん喉が乾いてきました。
いつもだったらテーブルの上にやかんかポットがおいてあって、その中に不思議な味がするお茶が用意されています。
でもその日はありませんでした。
いつもだったらそんなに気にしないのに、その日だけはどうしてもお茶がほしくて、お店のおばさんに頼みました。

「おばさん、のどがかわきました。お茶くれませんか。」
おばさんはけげんそうな顔をしました。
横にいたお姉さんもよくわからない、という顔をしてます。
わたしはもう一度言いました。
「おばさん、お茶頂戴。」
「なに?」
「だから、お茶だってば。」
「ちょっとおじさん、この子なんって言ってるのよ。」
横にいたおじさんにおばさんが聞きます。
「俺っちにもわかんねえなあ。」(想像。おじさんはポイペトに長くいたせいか、発音がちょっと違う気がする)


次にわたしは、何かを飲むジェスチャーを行いました。
おばさんが言いました。
「あーわかった、わかった。」

ジェスチャーは万国共通ですね。
おばさんはコップに水をいれてもってきてくれました。
おじさんもよかったな、という顔をしています。
でも、その日のわたしはとても強情でした。
「なんで自分の言いたいことが伝わらないんだろう???」と悶々しながら、
「違うよ、おばさん。わたしはお茶がほしいんだよ。」
と言いました。

その後10分くらい(心の中では30分くらい)わたしは、その場にいるひとたちにお茶がほしいと言い続けました。
言葉をちょっとずつ変えながら。
中国の飲み物とか、お茶を入れる動作をしてみたり。
でも相変わらず通じずに、時間だけがただただ無情にすぎていきました。
次第に面倒になってきました。
そして「もうあきらめよう。お茶飲めなくてもいい。」と思いながら、最後に疲れ果てて重苦しく「お茶」という言葉を言ったとき、相手の顔がわかったぞ!という表情に変わりました。
みんな、なんだ、それを言いたかったの、という顔をしています。
「なによ、お姉さん、お茶 がほしかったの。」
そういいながら、おばさんが炊事場に消え、やがて据え置きのぬるいお茶じゃなくて熱々のおいしいお茶がわたしの座るテーブルに出されたのです。



さて、もったいぶりました。
なぜ通じなかったのでしょう。
それはご想像通りに、わたしがクメール語の発音を正確にマスターできていなかったことが原因だったのです。
正直に言いますと、クメール語を正式に勉強していたとき、子音の発音の練習をそれほどまじめに行いませんでした。
先生に注意されても、そのときはそれほどその違いを意識ができませんでした。
そして、なんと、そのツケが5年後に巡ってきました!!!!(@@)
おおげさだけれど危うく美味しいお茶を飲めないところでした。


わたしには、なんでもかんでもはっきりと発音する癖があります。
日本語では全く問題をかんじたことはなかったのですが、外国語で話をする際デメリットがある場合があります。
このときもわたしは「お茶」をはっきりと喉をあけて気合いを入れて発音していました。
発音のさい、息がもれていました。ថ
しかしながら全然通じずやる気をすっかりなくしたときの「お茶」は通じました。
発音のさい、息がもれていませんでした。ត




最後におばさんは言いました。
「なんだ、お姉さん、あんたずっとថៃ タイ(=Thailand)って言ってたわよ。わかんないわー。」
今度はこちらがびっくりさせられる番でした。



ត ថ 
恥ずかしい体験です。
今は昔よりももうちょっと発音に注意できるようになりました。
「お茶」の発音も今は大丈夫かな?
カンボジアの人にはありえないこと、信じられないことかもしれないけど、こんなことがありました。
情けなくて今も忘れられません。
最近はそういう極端なこともちょっとは減った気がするのですが(多分)、今度子音表を勉強しなおすつもりです。
どなたか声のお手伝いをしていただければ幸いです(^^;)

例文をつくってみた。
ថែមទឹកតែអំពីថៃ។(タイからのお茶をつぎたして)
(変な文だけれどもし使えたらうれしい)



外国語を学ぶために  សម្រាបរៀនភាសាបរទេស

តាមសៀវភៅ『わたしの外国語学習法』យើងត្រូវគឹតអ្វីនិងភាសាបរទេសសម្រាប់ពូកនិយាយនិងសរសេរភាសានោះទៀត។
រូ៉ណបូ កាតូ អ្នកនិប៉ុនសៀវភៅនោះជាសត្រីដែលចោះភាសា១៥!!!
គាត់ធ្វើអ្នកបកប្រែនិង通訳យូ៉ហើយ។

អីឡើវខ្ញំុអត់មានគ្រូបងរៀនខ្មែរ។
ប្រហែលខ្ញំុអត់និយាយជាមួយគេ១ឬ២ខែ។
ប៉ុន្តែខ្ញំុអត់ច់ងភ្លេចភាសាដល់ខែ៩។
បានជាខ្ញំុសរសេរthis blog និងខ្មែរ។( :})



『わたしの外国語学習法』ロンブ=カトー、米原万里訳

『わたしの外国語学習法』によれば、「わたしたちは外国語の書き言葉、話し言葉を上達させるために、外国語で考える習慣をつけたほうがよい」という。
この本の著者であるロンブー・カトーは15カ国語を使う語学の達人である。
彼女は長い間翻訳者、通訳者をして生きてきた。

ここまで極められたらおもしろいだろうな。

今わたしには先生がいない。
たぶんクメール語を1,2ヶ月しゃべっていない。
けれどもわたしは9月までにもっとクメール語ができるようになりたい。
極めたい。

今は自分でなんとかしなきゃ〜。


その日まではがんばろう。