カンボジア留学中です。
喜怒哀楽の激しい自分ですが、カンボジアで
体験したことを素直に書こうと思います。
Don't stop, just go forward little by little

2009年9月27日日曜日

日本の犬、カンボジアの犬 ឆ្កែជប៉ុននិងឆ្កែខ្មែរ

ខ្ញុំគិតឆ្កែនៅជប៉ុននិងនៅខ្មែរខុសគ្នា។
បើខ្មែរមកដល់ជប៉ុនជាលើកទីមួយប្រហែលភ្ញាក់គេជប៉ុនស្រឡាញ់ឆ្កែមែនទែន។
ជនជាតជប៉ុនចូលចិត្តឆ្កែដូចក្រសារ។
ពេលខ្លះគេយកឆ្កែចេញដំណើរហើយគេអោយឆ្កែស្លៀកពាក់អាវ។
(តែខ្ញុំអត់ចូលចិត្តដូចនេះទេព្រោះឆ្កែមានរោម។)
ព្រោះគេគិតឆ្កែពូកែគិតគេស្រឡាញ់ឆ្កែ។
ឆ្កែរស់ដល់អាយុឆ្នាំពី១០ដល់១៨បើអត់មានជំងឺ។

ចុះអំពីឆ្កែនៅស្រុកខ្មែរខ្ញុំគិតខុសគ្នា។
ឆ្កែខ្មែរការពារផ្ទះរបស់គេហើយស្មោះនឹងម្ទាស់ណាស់។
ខ្មែរអត់ធ្វើរដូចជប៉ុនទេ។ខ្ញុំឃើញពេលខ្លះគេវាយធាក់ឆ្កែ។
នៅការិយាល័យរបស់យើងពេលមុនឆ្កែមានច្រើន។
តែទាំងអសបាត់ហើយពេលនៅក្មេន។

នៅស្រុកខ្មែរមនុស្សនិងសត្វខុសគ្នាមែនទែន។
មានពាក្យច្រើន។
ឧទាហរណ៏ដូចជា「ញុំា」និង「សីុ」។
បើខ្ញុំប្រើ「ញុំា」ដល់ឆ្កែមុខជាគេសើច។
ហើយនិង「ប្រុស」「ស្រី」និងឆ្កែញី、ឆ្កែឈ្មោល។
នៅជប៉ុនគេថាពាក្យដូចគ្នា។
ឧទាហរណ៏ពេលខ្លះជប៉ុនប្រាប់ម្ទាស់ឆ្កែថាមុខដូចគ្នាជាមូយឆ្កែរបស់អ្នក
ជាការគំនាប់។ម្ទាស់សើចនិងសប្បាយចិត្ត។
តែខ្ញុំដឹងបើខ្ញុំប្រើពាក្យនេះនៅស្រុកខ្មែរប្រហែលគេខឹងណាស់។
តែពេលមុនខ្ញុំខុសប្រាប់មិត្តខ្មែរដូចនេះ។
ពេលនោខ្ញុំគិតពាក្យពិបាកប្រើមែន។

ចុះលើកនេះខ្ញុំឃើញឆ្កែខ្មែរស្អាតដែលគេដើរជាមួយ។
បានជា២ឬ៣ឆ្នាំក្រោយប្រហែលគំនិតរបស់ខ្ញុំប្តូរ។


日本の犬とカンボジアの犬には大変な違いがある。
もし日本に初めてきた人がいたら、驚くんじゃないだろうか。
日本の犬は家族のようだと思う。
旅行に一緒に連れていく人もいるし、人間のように服を着ている犬もたまにいる。
しまにはリボンがついたり、髪の毛を染められている犬もいる(これはやりすぎだと思う)。
犬は頭がいいから、愛情をかければかけるほどなつくから、日本人はかわいがる。
しかし愛されるだけでしつけがなされていない時もある。

一方でカンボジアの犬は、基本的に番犬だと思う。
厳しく育てられから人間に対してとても忠実だ。
でも日本人の目から見ると、カンボジアの犬がたどる一生はとても残酷に見えるときがある。


そもそもカンボジアでは人間と動物の間に大きな隔たりがある。
もし動物に対して、「ញុំា」を使えば、カンボジアの人は笑うだろう。
わたしは何度も「ញុំា」を使ってしまって、そのたびに「សីុ」だよといわれる。

犬に「ប្រុស」「ស្រី」を使ってしまってまた笑われる。
ឆ្កែញី、ឆ្កែឈ្មោលじゃなきゃだめだと絶対に訂正が入る。

日本は正直どちらでも良いと思う。
「メス」「オス」という言葉もあるけれど、どうしても使わなければいけないわけではない。
むしろわたしは「メス」、「オス」という言葉が下品な響きに思えて好きではない。
積極的にやさしい響きのする「女の子」「男の子」を使ってみたい。
飼っていた犬に対しては愛情をこめて(冗談も含めて)たまに「○○じいさん」と呼んでいた。
もしこれをカンボジアで年をとった犬に対して「តា○○」と言ったら人々はきっと笑うか、奇妙な目でわたしを見るか、それともものすごく怒るかもしれない。

また、日本では「犬と主人は顔が似てくる」と考える。
それは「いつも一緒にいて可愛がるから、家族のように顔が似てくる」という意味で、日本では愛着をもって言われる言葉だ。
しかしカンボジア人に対して「犬のようだ」と言うことは相手に対して大変な侮辱になる。
この前、わたしはそれをカンボジアで言ってしまい、相手を大変怒らせるところだった。
幸い、その人は日本人に多少慣れている人だったからフォローできたものの、それでも厳しかった。
カンボジアにおいて少々知識をもっていても、ついつい日本的な表現を使いそうになる。
ほめたつもりが侮辱に。

このようなカンボジアと日本のささいな事柄に、深い理解の隔たりを感じる日がある。
でもどちらかがいいと言っているわけではない。

それでもプノンペンとシェムリアップでは、リードをつけて散歩をする犬に何回が出会った。
もしかして数年したら、こんな違いなんて吹っ飛んでいるのかもしれない。

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