ខ្ញំុញាំុម្ហូបខ្ែមរេលីកទីដំបុងនៅជប៉ុនជាេពលនិស្សាតទីមួយនៅសាកលវិទ្យាល័យ។
បានជាប្រែហលជាអាយុ១៨ឆ្នាំ។
ពីព្េរាះផ្ទះអ្នកគ្រូជិតសាលាេនះរាល់អាទិត្យេយីងនិស្សិតជប៉ុនទៅេលងសម្រាប់ធ្េវីម្ហូបខ្ែមរជាមួយអ្នាគ្រូ។
ខ្ញំុសប្បាយចិតេមនេទនេដាយេទាះជាទៅផ្ទះម្នា់កឯងបានជួបអ្នកណាជាមិនខាន។
わたしが日本でクメール料理を初めて食べたのは、大学に入ってまもないころだ。
大学の近くには当時のネアックルーのすんでいるマンション(アパート?)があった。
金曜日の夕方や土曜日になると、先輩たちが食材をもってネアックルーの部屋に集まった。
一年生だったわたしも大学から直接向かった。
いつも誰かが料理をしていた。
何を作っただろう。
ソムロー・カリーを食べたな。
鶏肉とたまごの煮込み。
かぼちゃプリン。
そのほか生春巻きも食べていたから、純粋なクメール料理とはいえないけど。
プラホックを試したのもネアックルーのうちでだ。
マンションへの道ですでに香っていた(匂っていた)と思う。
部屋のなかで、みんなで円になって、床にすわって、にんにくをつぶしたり、野菜や肉をきった。
料理は一人でやるよりみんなでやるほうが楽しい。
何より「おいしい」を分かち合うのは素晴らしいことだと思った。
先輩みんなと仲良くなれたし、いい思い出になった。
ネアックルーがカンボジアに帰国するまでこの習慣は続けられた。
大好きなネアックルー。
大好きなのに子供っぽいわたしは時々すごく失礼なことをしてしまった。
今おもうと縮こまりたくなる思いだ。
それでもネアックルーは帰国前にてがみをくれた。
きちんととってある。
今はプノンペンで教鞭をとられているネアックルー。
わたしの中では第二のお母さん。
会うたびに成長しておきたい自分がいる。
1 年前

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